解体したはずの古家が、20年も登記簿に「生きていた」話 ー建物滅失登記の落とし穴
- 石田敦也

- 6月9日
- 読了時間: 5分

いきなりですが、○×クイズです。
「建物を取り壊したら、1ヶ月以内に建物の滅失登記をしなければならない。」
答えは、○ です。
不動産登記法第57条で、建物が滅失した日から1ヶ月以内に滅失登記を申請することが義務づけられています。怠れば、同法164条により10万円以下の過料の対象にもなります。
ーーと、ここまでは知識として知っている方も多いと思います。問題は、これが「実際の取引のなかで、どんな形で牙を剥くか」です。今日は私が実際に出会ったケースを通して、その怖さを共有させてください。
20年以上、登記簿の上で「建物」が残り続けた
以前、神戸の東灘区でこんなことがありました。
あるご兄弟が、古家付きの土地を、不動産業者を介さずに売買されました。買主となった方は、その古家を解体して更地にし、ハウスメーカーで新しい居宅を建てて住まわれました。建築も居住も、特にトラブルなく進みました。
ところが、それから数十年が経ち、その家を売却しようという話になったときのことです。調べてみると、かつて解体したはずの古家が、登記簿の上ではまだ「存在している」ことがわかったのです。滅失登記が、されていなかった。しかも、取り壊しから20年以上が経っていました。
なぜ、こんなことが起きたのか。
おそらく、個人間の売買だったからです。本来なら誰かが滅失登記をしなければならないのに、売主・買主のどちらも「相手がやってくれているだろう」とお互いに任せきりにしてしまい、そのまま忘れられてしまった。
悪意があったわけではありません。ただ「知らなかった」「誰にも言われなかった」だけなのです。
消えた建物が、登記簿に残り続けると何が起きるか
20年以上前に消えたはずの建物が、登記簿に残り続けると、現実にどう困るのか。
まず、その状態のままでは、新しい家を安全に売却することができません。不動産業者が間に入る取引では、登記簿上の事実と現実が食い違っていれば、必ず「この古い建物の登記を抹消してから引き渡しましょう」という話になります。実体のない建物がぶら下がったままの土地を、そのまま流通させるわけにはいかないからです。
そして、このケースで現実に起きたのが「決済の遅れ」でした。売却の話がまとまり、いよいよ引渡しという段になって、この20年以上前の未登記が発覚したのです。
実体のない古家の登記を抹消しない限り、買主さんへきれいに引き渡すことができません。結果、滅失登記の処理が片づくまで、決済日を後ろにずらさざるを得ませんでした。
決済が動くということは、その日に向けて関係者全員が予定を組んでいるということです。買主さんの住宅ローンの実行、双方の段取り、場合によっては引越しのスケジュールーそのすべてが、たった一つの「されていなかった登記」によって止まってしまう。
20年以上前の、たった1ヶ月で終わったはずの手続きが、最後の最後で取引全体のブレーキになったわけです。
さらに厄介なのは、時間の経過とともに、滅失登記そのものがやりにくくなっていくことです。当時の解体業者の取り壊し証明が手に入らない、関係者が亡くなっている、相続が発生して権利者が増えている――月日が経つほど、本来なら1ヶ月で終わったはずの手続きが、何倍もの手間と費用に膨らんでいきます。建物が現存しないのに固定資産税が課税され続ける、といった問題が絡むこともあります。
「ただの手続き忘れ」が、数十年後にまとめて請求書になって返ってくる。それも、いちばん動かしたくない決済の直前に。これが滅失登記の放置の、いちばん怖いところです。
意外な話 ―― 新築の「保存登記」には、実は義務がない
ここで少し、意外に思われるかもしれない話をひとつ。
建物を「壊したとき」の滅失登記には1ヶ月以内の申請義務がある一方で、建物を「新築したとき」の 所有権保存登記には、実は申請義務がありません。保存登記は権利の登記なので、やるかやらないかは本来、所有者の自由なのです。
ただし、混同していただきたくないのは、同じ新築でも「表題登記(表示登記)」のほうには、1ヶ月以内の申請義務があるということ。建物が物理的に存在することを登記簿に記録する表題登記は義務、その上に乗る権利関係の保存登記は任意――この線引きは、実務でも案外あいまいに語られがちなところです。
「登記=全部やらなきゃいけないもの」と一括りにせず、義務のあるもの・ないものを分けて理解しておくと、判断を誤りません。
いちばんきれいな取引とは
では、今回のようなトラブルを防ぐには、どう進めるのがいちばんきれいなのか。
理想は、売主さんが自分で建物を解体し、滅失登記まで完了させたうえで、すっきりした更地として買主さんに引き渡すことです。
もちろん、建物付きのまま所有権を移転して、買主さんのほうで取り壊す形でも構いません。大切なのは、「誰が、いつ、滅失登記まで責任を持つのか」を、取引の時点で曖昧にしないことです。
ここが宙に浮いたまま取引を終えると、20年後の誰かが――たいていは何も知らないご家族が――困ることになります。
「身内だから」「プロに任せたから」――どちらでも抜け落ちる
「身内だから」と専門家を通さない個人間売買は、こうした登記の抜け落ちが本当に起きやすいものです。しかし、これは人ごとではありません。
ハウスメーカーに任せた実家の建て替えでも、連携ミスで「古家の登記だけが残っていた」というトラブルは実務上よくあります。
私がふだんお引き受けしているのは、売買の現場そのものよりも、その手前にある「相続の設計」や「資産管理」といった「上流」のご相談です。
上流の視点から関わっていると、こうした「過去の取りこぼし」が、相続や売却のタイミングで一気に表面化し、ご家族がパニックになる場面に何度も遭遇します。
近年、国も登記の未放置に対して非常に厳格になっており、昔の感覚のまま放置しておくリスクは高まる一方です。
建物を壊したら、1ヶ月以内に滅失登記を。たったこれだけのことが、数十年後のご家族の負担を大きく左右します。
もしご実家などで「そういえば昔、別の家が建っていたな」という記憶があるなら、手遅れになる前に一度、登記簿を確かめてみてください。
「うちの土地は大丈夫か?」「登記簿の見方がわからない」という方は、お気軽にご相談下さい。上流の専門家として、あなたの資産の「隠れたリスク」をすっきり整理します。



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