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原状回復費用を別の目的で使用する

  • 執筆者の写真: 敦也 石田
    敦也 石田
  • 5 日前
  • 読了時間: 3分

原状回復費用を別の目的で使用する


原状回復費用は、実際に補修しなくても請求できる|分かれ目は精算書の書き方


退去立会いでよく大家さんから受ける質問です。「入居者から補修代をもらったけれど、うちは補修せず新品に交換した。あとで『返してほしい』と言われたら返さないといけないのでしょうか」


結論、返す必要はありません。ただしそれは請求の中身が損害賠償である場合の話で、精算書の書き方ひとつで結論が変わる可能性があります。



具体例で


入居者が化粧品のびんを落として、洗面台にヒビを入れてしまった。入居者の過失なので補修費用を請求できます。見積もりはエポキシ樹脂での補修で2万円。


入居者も納得し、敷金から差し引いて精算完了しました。その後、貸主の判断で、色焼けの気になっていた洗面台を新品に交換した。


募集写真を見た前入居者から「補修していないなら補修費用は返してほしい」と言われたら——という心配です。



請求の中身は「工事代金の立替」ではなく「損害賠償」


誤解の原因は、「原状回復費用」という言葉が工事代金の立替のように聞こえることにあります。


実体は違います。民法621条は賃借人が損傷を原状に復する義務を負うと定め、この義務を果たさずに明け渡せば、その時点で債務不履行に基づく金銭賠償責任が発生します(最判平成17年3月10日)。損害は明渡しの瞬間に確定しており、その後に貸主が実際に補修するかどうかは算定額に影響しない、と判示した下級審裁判例もあります。


交通事故で先に確立した理屈と同じです。大阪地裁平成10年2月24日判決は、まだ修理していないという反論に対し、現に損傷を受けている以上損害はすでに発生していると退けました。


ぶつけられた車を修理せずに乗り続けても賠償金は請求できる。冒頭の新品交換は貸主自身の資産価値向上のための支出であって、受け取った2万円の性質を変えるものではありません。



分かれ目は「損害賠償として請求した」か「工事をする前提で預かった」か


安全なのは損害賠償として請求した場合だけです。同じ2万円でも「この工事をやるので、その費用として」受け取っていたら話が変わります。


東京地裁平成29年12月8日判決は、貸主が工事を実施する旨を明示的に約していなかった事案で不当利得を否定しました。裏を返せば、工事をすると約束していたなら、しなければ不当利得になります。


不動産流通推進センターの相談事例では、大家が、張り替えるつもりもないのに敷金から張替え費用を差し引いて返す行為は、不当利得であるのはもちろん刑法246条2項の詐欺利得罪に該当すると指摘しています。


確定した判例ではありませんが、「請求して何もしない」という運用が刑事の議論に接続しうることは押さえておくべきです。


実務では、工務店の見積書は損害額の算定根拠として添付し、記載は「毀損に対する損害賠償金」とする。工事の実施を約する文言は入れません。


逆に貸主側で工事を手配して実費を精算する運用なら、約束どおり実施して差額を返金する。方式を決めて書面を揃えるだけで、この論点のトラブルは消えます。



まとめ


法的な性質(損害賠償)と当事者の感覚(工事代金の預かり)が食い違っているのが、このトラブルの根です。その差を精算書の文言で埋めておけば大半は起きません。そしてそれは退去時に考えることではなく、契約書の原状回復特約と精算フローをどう設計するか、入口で決まります。


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